棋聖戦の話(パンピー向け)
2020/09/01
棋聖戦の話(パンピー向け)
将棋クラスタでもない俺が何でこんなに盛り上がってたかというと、棋聖戦全体がマンガみたいな熱い展開だったからだ。むしろマンガを超えたと言っても良い。非現実すぎて「マンガでやったらやりすぎと呆れられる」レベル。もちろん藤井七段が戴冠したとか最年少だとかそれはそれですごいんだけど、そこに至るまでのストーリーが出来上がりすぎてて「こんなこと普通あるか!?」となってしまうほど。棋聖になったのは言わばエンドロールのようなもので、本当に面白いのはそこではない。
見たことのない新手、AI越えの一手、現役最強棋士との勝負、過密な連戦、得意戦型の敗北、プライド、新時代の将棋。
第一局から第四局までの全ての勝負とその合間の時間が最高の物語を作りあげてしまった。今回は遅ればせながら、その一片を伝えられればと思う。
追記:打ち筋とか解説してたら膨大な量になってしまったので、今回はドラマ部分だけ書く
■事前情報
将棋は竜王とか名人とか8種の名誉称号があり、それらをかけたタイトル戦が8回ある。それぞれ微妙にレギュレーションが違うので(持ち時間とか何勝先取とか)それに合わせてみんな調整して戦うわけだ。
で、今回主人公の藤井七段(当時)は
①17歳、現役高校生
②羽生永世七冠の再来とまで言われるほどの神童
③初タイトル戦
④勝てば最年少タイトルホルダー
⑤並行して王位戦も戦う
というハイパースペックな高校生。
ただちょっと「すごい」という言葉は適切ではなく、「異質」の方がしっくりくる。
「野球で例えると大谷翔平クラス」みたいな比喩表現はよくあるけど、藤井七段はそういう類ではない。言うなれば、「強くてニューゲーム」が一番最適な表現。マジでこいつ一人だけ別のゲームしてる。
(Twitterで「異世界チート転生者」と呼ばれてて大爆笑したwこの言葉ほど藤井七段を的確に表現している言葉はないw)
いや、マジで本当に転生者なんだ(現時点では)。詳しくはまた後で述べるが、本当に未来の将棋を打っていて、現代の将棋ではほぼ太刀打ちできない。いずれ皆この未来の将棋を覚えて追いつくんだろうけど、それはまだ今の話ではない。
対して、渡辺棋聖(当時)は
①36歳、現役最強棋士と呼ばれる
②竜王、棋王、棋聖の三冠
③永世竜王、永世棋王でもある(ともに5連覇以上しないと取れない称号。超難しいトロフィーみたいなもん)
④得意戦型は矢倉 ※重要
渡辺棋聖も中学生でプロになり20歳で初戴冠した神童の一人。羽生1強時代が終わった後、「次は豊島か渡辺の時代」とまで言われたほどの大本命の一人でもある。
つまり割とガチなラスボス。
これらの人物背景を頭に浮かべながら続きを読んでほしい。ちなみにこんなに熱上げてるけど、俺も最初はそんなに興味を持ってなかった。「最年少記録かかってんだーすげー」ぐらいの軽めのノリだった。
■棋聖戦第一局
見なかった。結果だけ見て藤井七段の勝利を知った。勝ったら最年少戴冠すごいねーぐらいのノリ。
■第二局
AI越えで話題になった第二局。
将棋は既に人間よりAIの方が強いと証明されており、AIから学んでいくAI将棋時代に突入しつつあるが、藤井七段がそのAIを超えた、ということで話題になった。
・将棋わからん人向け
雑に解説すると、藤井七段があるとき銀を打った(これが△31銀と呼ばれてるやつ)。この一手(△31銀)は世界最強のAIが4億パターン解析してもマイナス評価(悪手)だったのに、さらに何時間もかけてじっくり6億パターンまで解析したら、実は最善手だったことが判明したのだ。AIは何時間もかけてこの最善手を導き出したが、藤井七段はたった23分で辿り着いた。そらやばいっしょ。ついに人間がAIを超えたか!?と話題になったわけよ。
これは将棋ファンだけでなく、他のAIツール信者にとっても衝撃だった。
※俺はポーカーでAIツールを使用している
「人はAIには勝てない」というのは将棋に限らず常識になりつつあったが、(一時とはいえ)それが破られたからだ。特に将棋は電王戦(AIとプロ棋士の公式試合)でAIに完敗しているので、「もう人はAIには勝てない」という諦めムードが漂っていたが、藤井七段が一瞬でもAIを超えたことで、「人もまだまだやれるじゃないか」と期待させてくれた瞬間でもあったし、また、AIもまだ進化できる伸びしろがあるのだなと気づいてしまった瞬間でもある。
AIが進化すると人の将棋も進化し、人が強くなるとAIもより強くなっていくわけだ。この共進化関係は近未来的でとても面白い。
・もうちょいちゃんと知りたい人向け
実は2回、AI超えの妙手があった。
(厳密に言うとAIを超えたわけではないのだが、パンピー的にはAI超えという解釈で良い)
①藤井七段の42手△54金が革命的(奥が藤井、△は後手、▲が先手)



将棋クラスタでもない俺が何でこんなに盛り上がってたかというと、棋聖戦全体がマンガみたいな熱い展開だったからだ。むしろマンガを超えたと言っても良い。非現実すぎて「マンガでやったらやりすぎと呆れられる」レベル。もちろん藤井七段が戴冠したとか最年少だとかそれはそれですごいんだけど、そこに至るまでのストーリーが出来上がりすぎてて「こんなこと普通あるか!?」となってしまうほど。棋聖になったのは言わばエンドロールのようなもので、本当に面白いのはそこではない。
見たことのない新手、AI越えの一手、現役最強棋士との勝負、過密な連戦、得意戦型の敗北、プライド、新時代の将棋。
第一局から第四局までの全ての勝負とその合間の時間が最高の物語を作りあげてしまった。今回は遅ればせながら、その一片を伝えられればと思う。
追記:打ち筋とか解説してたら膨大な量になってしまったので、今回はドラマ部分だけ書く
■事前情報
将棋は竜王とか名人とか8種の名誉称号があり、それらをかけたタイトル戦が8回ある。それぞれ微妙にレギュレーションが違うので(持ち時間とか何勝先取とか)それに合わせてみんな調整して戦うわけだ。
で、今回主人公の藤井七段(当時)は
①17歳、現役高校生
②羽生永世七冠の再来とまで言われるほどの神童
③初タイトル戦
④勝てば最年少タイトルホルダー
⑤並行して王位戦も戦う
というハイパースペックな高校生。
ただちょっと「すごい」という言葉は適切ではなく、「異質」の方がしっくりくる。
「野球で例えると大谷翔平クラス」みたいな比喩表現はよくあるけど、藤井七段はそういう類ではない。言うなれば、「強くてニューゲーム」が一番最適な表現。マジでこいつ一人だけ別のゲームしてる。
(Twitterで「異世界チート転生者」と呼ばれてて大爆笑したwこの言葉ほど藤井七段を的確に表現している言葉はないw)
いや、マジで本当に転生者なんだ(現時点では)。詳しくはまた後で述べるが、本当に未来の将棋を打っていて、現代の将棋ではほぼ太刀打ちできない。いずれ皆この未来の将棋を覚えて追いつくんだろうけど、それはまだ今の話ではない。
対して、渡辺棋聖(当時)は
①36歳、現役最強棋士と呼ばれる
②竜王、棋王、棋聖の三冠
③永世竜王、永世棋王でもある(ともに5連覇以上しないと取れない称号。超難しいトロフィーみたいなもん)
④得意戦型は矢倉 ※重要
渡辺棋聖も中学生でプロになり20歳で初戴冠した神童の一人。羽生1強時代が終わった後、「次は豊島か渡辺の時代」とまで言われたほどの大本命の一人でもある。
つまり割とガチなラスボス。
これらの人物背景を頭に浮かべながら続きを読んでほしい。ちなみにこんなに熱上げてるけど、俺も最初はそんなに興味を持ってなかった。「最年少記録かかってんだーすげー」ぐらいの軽めのノリだった。
■棋聖戦第一局
見なかった。結果だけ見て藤井七段の勝利を知った。勝ったら最年少戴冠すごいねーぐらいのノリ。
■第二局
AI越えで話題になった第二局。
将棋は既に人間よりAIの方が強いと証明されており、AIから学んでいくAI将棋時代に突入しつつあるが、藤井七段がそのAIを超えた、ということで話題になった。
・将棋わからん人向け
雑に解説すると、藤井七段があるとき銀を打った(これが△31銀と呼ばれてるやつ)。この一手(△31銀)は世界最強のAIが4億パターン解析してもマイナス評価(悪手)だったのに、さらに何時間もかけてじっくり6億パターンまで解析したら、実は最善手だったことが判明したのだ。AIは何時間もかけてこの最善手を導き出したが、藤井七段はたった23分で辿り着いた。そらやばいっしょ。ついに人間がAIを超えたか!?と話題になったわけよ。
これは将棋ファンだけでなく、他のAIツール信者にとっても衝撃だった。
※俺はポーカーでAIツールを使用している
「人はAIには勝てない」というのは将棋に限らず常識になりつつあったが、(一時とはいえ)それが破られたからだ。特に将棋は電王戦(AIとプロ棋士の公式試合)でAIに完敗しているので、「もう人はAIには勝てない」という諦めムードが漂っていたが、藤井七段が一瞬でもAIを超えたことで、「人もまだまだやれるじゃないか」と期待させてくれた瞬間でもあったし、また、AIもまだ進化できる伸びしろがあるのだなと気づいてしまった瞬間でもある。
AIが進化すると人の将棋も進化し、人が強くなるとAIもより強くなっていくわけだ。この共進化関係は近未来的でとても面白い。
・もうちょいちゃんと知りたい人向け
実は2回、AI超えの妙手があった。
(厳密に言うとAIを超えたわけではないのだが、パンピー的にはAI超えという解釈で良い)
①藤井七段の42手△54金が革命的(奥が藤井、△は後手、▲が先手)

将棋番組とか見たことある人だと何となく違和感を感じると思う。なぜ中段に銀金銀が並んでるんだ?とね。普通は手前みたいに歩と銀が並ぶのがセオリーなんだけど、奥の藤井七段はなぜか銀と金が並ぶという異質な陣形になった。
この△54金は一般的には悪手の部類で、初心者がやると「やめなさい」と怒られる類の一手らしい(金は守りで使うのがセオリーで、攻めるにしても歩の前に行くのは良くない)。今回藤井七段がこの手を打ったことで控室ではプロ棋士たちが動揺しまくりだったw
「なぜこんな悪手を…」「いやでも藤井七段だから何かあるのでは…?」みたいな感じw
ただ数手進むとこの金が非常にうっとおしく、手前の渡辺棋聖はこの金でかなり良いようにやられてしまった。プロ棋士達が一様に悪手と認識している一手が、先に進むと超有効手になったのだ。そういう意味で、今までの常識を覆すような、文字通り革命的な一手になった。恐らくこれから銀金銀の研究が進むんじゃなかろうか。
②藤井七段の58手△31銀打

これが前述のAI越えの一手。
これがなぜ最善なのか未だプロ棋士でも説明できていない。ただこれを打たれると、手前の渡辺棋聖側は「有効手なし」の状況に追い込まれてしまうのだ。イメージ籠城戦みたいな一手で、「相手を倒すことはできないが倒されもしない状況」を作るような一手(正確には銀打によって相手の角打を働かせない状況を作り状況有利を作った、だと思う)。プロ棋士全員が「え?」と驚いた一手だが、やられると確かに何もできなくなるらしい。やられて初めてわかるが、やられないと気付きもしないという。プロの誰もがその有効性を見抜けず、6億パターン解析したAIと藤井七段だけが見抜いていた。
※AI越えはたまたまだ、と言う人もいるが、少なくとも藤井七段以外のプロ棋士全員がこの一手の有効性を言葉で説明できない、というのは事実だ
その後はスルスルと気が付いたら藤井七段有利な状況になってしまい、
現役最強の渡辺棋聖に
「いつ不利になったかわからない」
「気づいたら負けていた」
「なぜ負けたかわからない」と言わせてしまうほど異質な一戦だった。
■AI越えで興味を持つ
このAI超えの△31銀がツイッターで話題になり、俺も急激に興味を持つようになった。俺は将棋クラスタではないがポーカーでAIに馴染みがあったのと、将棋はAI>人間になってしまったことも知っていたので、「人がAIを超えた」という見出しにとても興味を持ったのだ。
一度はAIに完敗した将棋で、再び人がAIを超えた?と。
しかもそれが神童と呼ばれる藤井七段だったので、とてもドラマチックに映った。
すぐに件の△31銀を見てみたが、将棋初心者の俺にはイマイチその凄さがわからなかった。ただその後の棋譜を見ていると、渡辺棋聖の66角が全く仕事していない状況になっていた。それまで渡辺棋聖が優勢で攻めていたはずなのに、この△31銀の一手だけで、ピタリと攻めが止まってしまった。57手の▲66角打が悪手だったわけではない。むしろそこそこ良い手だったはずだ。なぜ攻め継続できなくなったのかは説明できない。多分プロでも説明できていない。理由はわからないが、攻めが継続できなくなってしまったのだ。これがこの一手の異質さを表している。なんか気持ち悪いのだ。
その後、渡辺棋聖側から盤面を見ると、どこから攻めれば良いか見えない感じ。隙がないというか、攻め手に欠けるというような。それで攻めあぐねていると、いつの間にか逆に攻められていて、あっという間に詰んでしまった。渡辺棋聖も矢倉陣形という守備が強い布陣で守っていたのだが、なぜかスルスルと崩されてしまった。
この辺りが、「なぜ負けたかわからない」と言わしめた要因だろう。藤井七段の△31銀打で渡辺棋聖の何かが狂いだしてしまった。違和感しか残らず、ただその原因がわからないという、何とも気持ち悪い盤面になった。
・私見(読み飛ばしてOK)
△54金が効いたとしか思えない。互いに急戦矢倉(歩銀桂でガンガン攻める戦術)なのだが、△54金がいるせいで渡辺棋聖側からは4~6筋(縦列の4~6)に攻めに行けない形になってしまった。これが攻めが止まった原因と思う。▲45桂をタダ取りされたのも痛かった(△54金のせいで)。攻めれる場所がなくなってしまったのでたまらず角交換から▲66角打で3~4筋に争点を起こそうとしたが、△31銀で不思議と66角がどこにも動けなくなってしまった(この時のリアルタイムAIとプロ棋士解説は共に△32金を推奨)
※また不思議なことに、この△31銀は一見悪手に見えるので、「藤井七段は苦しい」と勘違いしてしまう。本当にこの△31銀は見れば見るほど不思議な一手だ
△54金で4~6筋の攻めを防ぎ、△31銀で相手の角を止めて駒有利を作り、
タダ取りした桂で6~8筋を攻めると同時に△46歩打から「と金」を作る(これも△54金のおかげ)という神様の将棋を見てるような棋譜だった。中央を制して桂で相手の矢倉を崩しつつ駒得していったのも異様なほど美しかった。藤井七段は桂の使い方がうまいとよく言われるけど、この第二局はまさにそれ。本当に神様の将棋を見てるようだった。
(観る将はマジでこの第二局の棋譜だけは保存しといた方が良い。人間の棋譜じゃない)
■第三局
棋聖戦五番勝負の第三局、ここまで藤井七段が2連勝なのでここで勝てば最年少タイトルホルダーとなる。しかも藤井七段が先手で、得意戦型の先手角換わりは勝率が87%もある必勝の型。これは今日で決まったかなと思った。
結果は、藤井七段の完敗だった。本当にボロ負け。これでもかっていうぐらい。何故かというと、渡辺棋聖は藤井七段が先手角換わりで必ず来ると読みきり、徹底的に対策研究してきたのだ。80手ぐらいまでは全て事前予測済みで、藤井七段がどこに何を打ち、どういう考えをするかまで完璧に読み切っていたらしい。さらに超早打ちしまくって持ち時間を温存し、藤井七段に思考する時間を与えない時間のプレッシャーもかけていった。なので終盤は藤井の持ち時間20分に対し、渡辺棋聖は3時間弱も残っていた。
このように、対策しまくって勝った、というわけだ。神様のような将棋を打ち、必勝であり得意戦型でもある先手角換わりだとしても、徹底的に対策すれば勝てる、ということがこの対局で証明された。(藤井七段も人間だったと証明されたw)
いやーでも事前準備とか対策がここまで効くとはね。これは渡辺棋聖の作戦勝ちとも言える。とはいえ、ここまで徹底して準備し、80手まで計画通りだった渡辺棋聖の研究も化け物クラスだ。本当に素晴らしい。
藤井七段を応援してたけど、この日の渡辺棋聖は完璧すぎた。マジで仕上がってた。これがプロの業なんだなと思ったし、将棋はこんなに面白かったのかと目から鱗だった。ちなみに藤井七段も最後の1分将棋で粘り続け、渡辺棋聖が一手でもミスしたら逆手勝ちできるところまで持ってきたのだから、凄まじく熱い展開よな。激アツやで。
だがそこは現役最強とも言われる渡辺棋聖、しっかり決めて勝利した。ツイッターのリアルタイム実況でも渡辺棋聖ファンは皆口を揃えて
「ナベはミスらん」
とつぶやいていたのが印象的だった。この信頼感も胸熱すぎる。
2連敗の渡辺棋聖が、現役棋聖としてのプライドを見せつけたアツい一戦だった。まじでおもろい。棋聖としての意地がビンビン伝わってくる。超おもろいわ。
■番外:王位戦第二局
実は藤井七段は棋聖戦の他に王位戦も平行して戦っていた。最初は棋聖戦だけの予定だったが、王位戦挑戦トーナメントで優勝してしまったので、自身初タイトル戦の棋聖戦をしながら、王位戦も戦うことになってしまったのだ。
このスケジュールが結構エグくて、
6/28(日) 棋聖戦第二局(東京)
7/1~7/2 王位戦第一局(愛知)
7/6(月) 順位戦B級2組(東京)
7/9(木) 棋聖戦第三局(東京)
7/13~14 王位戦第二局(北海道) ←イマここ
7/16(木) 棋聖戦第四局(大阪)
7/18(土) JT杯(東京)
という3日おきの対局で、さらに東京→愛知→東京→北海島→大阪→東京、という商社マンより移動が激しい超ハードスケジュールなのだ(藤井君、現役高校生だからね!)
こんなの移動してるだけで疲れるだろうし、次の勝負の研究や対策など十分にできるはずがない。そんな中、現役最強棋士に超対策されまくってフルボッコにされてメンタル死んでるのに、次は4日後に北海道で2日間かけて王位戦とか流石にかわいそうなレベル。強き者の宿命ではあるのだが。
やはりというか、王位戦2日目の休憩時間に藤井七段がひじかけに突っ伏している姿がカメラに映っていた。そらそうなるわ。

(人生初のタイトル戦でしかもかけもち、2日間勝負も初、北海道、そらしんどなるわ)
王位戦の内容まで触れると終わらなくなるのでまた別の機会に。ちなみに王位戦第二局は勝利し2連勝とした。王位戦は7番勝負なのであと2回は勝たなければならない。
■棋聖戦第四局:前夜
やっとクライマックスの第四局まで来た。
結果は皆知る通り藤井七段が勝利し最年少戴冠となるわけだが、この勝負が一番アツかった。本当に映画化してもおかしくないレベル。
対局前にまず皆が気にするのが戦型選択だ。
戦型とは駒の配置(布陣)と攻撃方法のことで、守備重視にするのか攻撃重視にするのか、またどの駒を軸に戦うのか、といったもの。相手がどんな布陣で来るか予測できればその後の展開が読みやすいので持ち時間を温存できたり、事前に対策を準備できるメリットがある。事前対策の強みは、第三局の渡辺棋聖が圧勝したことからも、よくわかる。なので勝負前の相手の戦型予測は非常に重要な要素なのだ。
ちなみに棋聖戦の戦型は
(主に先手の動きでどういう戦い方になるか決まってくるので、先手の布陣≒戦型となる)
第一局:先手藤井(矢倉) 藤井勝利
第二局:先手渡辺(急戦矢倉) 藤井勝利
第三局:先手藤井(角換わり) 渡辺勝利
第四局:先手渡辺(?)
となっており、ファンとしては第四局で渡辺棋聖が何の戦型を選んでくるかが興味深いわけだ。
渡辺棋聖の得意戦型は矢倉だが、それで戦って2連敗しているので矢倉は選択しづらい。唯一勝利している角換わりを、今度は自分が先手で仕掛ける、といった選択も有効なわけだ。藤井七段の切り札でもある先手角換わりを封殺できるぐらいには仕上がっていたし、研究量としては申し分ないだろう。
で、ファンの間でやいのやいの議論されてたところに、とあるプロ棋士の一言が稲妻のように俺に響いた。
「渡辺君は必ず矢倉で来ますよ。納得できているはずがない」
この一言は滅茶苦茶的を得ていると思った。ほんまこれ。
得意戦型で負けを認めてしまったら、それこそ本当の意味で負けを認めてしまうことになる。渡辺棋聖としてはここから3連勝しないと防衛できないんだから、矢倉で負けた借りは矢倉で返す、ぐらいの強い気持ちがないと3連勝なんてできないだろう。だからこれ言った人の名前は忘れちゃったけど、こいつはめちゃめちゃ良いこと言ってるなと思ったし、よく渡辺棋聖と勝負というものを理解してるなと感心した。興奮した。
この一言の後にも印象的だったのが、
「得意の矢倉で負けたからじゃあ他の手で、なんて考える人が棋聖になんてなれない」という一言。ほんまそれ。超思った。こいつマジわかってる(謎の上から目線)
あと、ひふみんも似たようなこと言ってた。
「渡辺君は矢倉で来るでしょうね。矢倉で勝てれば防衛(その後3連勝)できるので」
ネット世論は「矢倉では来ない派」が主流だったけど、俺は絶対矢倉で来ると思ってた。第三局は作戦がハマって勝ったような形で、実力でねじ伏せたという感じではない。勝利は勝利だけど、多分勝ち方に納得していないだろうし、得意の矢倉で負けっぱなしというのも渡辺棋聖としては許しがたい心境のはずだ。得意の矢倉で勝つ、というのは渡辺棋聖にとって、いや一勝負師として避けられない道だということは、俺でもわかる。「矢倉で勝つ」ではなく、「矢倉で勝たなければならない」なのだ。ここの大切さというか重要さはとても良くわかる。次負けたら終わりなんだけど、それ以上に大切なものがここには詰まっている。これは自分の将棋で勝つという、誇りをかけた勝負なのだ。というか、そういう勝負になるのだ。否が応でも。
■第四局 対局開始
朝から仕事しながらツイッターをチラ見してたら、速報で「戦型は矢倉!」と出て超テンション上がった。死ぬほど上がった。思わす厨二病のポーズ(手で目を覆うやつ)しながら「マジか…」って呟いてしまったほど。渡辺棋聖かっこよすぎるだろ…勝ち負け関係なくかっこよすぎる…。これで渡辺棋聖勝ってみ?逆転3連勝で防衛なんてしたらそれこそ映画の世界やで?
俺がテンション上がるのもわかるでしょ。まだ朝の9:00ぐらいだったけど、もう仕事なんか手に付かなかったよ。
結果は皆が知る通り藤井七段が勝って初戴冠となったわけだが、そんな結果よりも、渡辺二冠の自分の将棋を信じた姿勢が熱すぎたし、さらにそれを乗り越えてきた藤井新棋聖も素晴らしかった。普通は2連敗して完敗もした戦型を選ぶのは勇気がいるというか、並大抵の精神じゃできないと思うけど、そこは渡辺二冠の「絶対に矢倉で勝つ」という強い信念があって初めてできることだし、また自分の将棋に誇りを持っていないとできない決断だと思う。それら全て含めて凄まじかった。
結果は負けとなってしまったが、真っ向からぶつかり合った名勝負だったし、渡辺二冠としても悔いのない負けだったんじゃないかな。下手に奇をてらって「やはりあの時ああすれば…」みたいになるよりかは、ね。
兎も角、素晴らしい名勝負をこの目にできたのは幸運だった。
将棋に限らずスポーツでもゲームでもポーカーでも、一流プレイヤ同士のギリギリの勝負ってのは見ててハラハラするし緊張感もあるし、最高に面白い。そこに勝負に至るまでのバックストーリとか、泥臭い感情とか人間味とかプライドなんかが出てくるとさらに面白く、最上級のエンタテイメントになる。俺は特段将棋が好きというわけではないが、今回の棋聖戦はとてもドラマチックで面白かった。控えめに言って最高だった。
少しでもこの興奮と感動を共有できればと願いつつ、ここで筆を置くことにしよう。
願わくば、前人未踏の「藤井八冠」が見れることを夢見ながら。
■おまけ:藤井棋聖の将棋=未来の将棋(ちょいマニアック。AI寄りの話)
藤井棋聖がAIを超えた、と話題になったが、本当にやばいのはそこではない。真にやばいのは「藤井棋聖の将棋(≒AI将棋)が将棋の常識をぶち壊しつつある」という点だ。
今までの将棋のセオリーは
①王を金や銀で囲って守る
②飛車と角を主軸にして攻める
③取れる駒はなるべく取って着実に攻める
といったもの。将棋界のレジェンド:ひふみんや羽生永世七冠も基本的にはこの将棋。
対して藤井将棋(≒AI将棋)は
①王は囲わずに攻める(守るより攻めたほうが強い)
②飛車は取られても良い。角は大事にする
③王を取ることを最優先する
というもの。ほぼセオリーの逆とも言える。
で、実際この藤井将棋の方が強い。まぁAIと同じなので強くて当たり前なのだが。
これは革命というか恐ろしい事象で、「今まで正しいと思っていた戦法が実は最善ではなかった」ということがAIによってわかってしまった。これを「今までの将棋は何だったのか」と否定的に取るか、「まだ進化する余地がある」と肯定的に取るかは人によるだろう。
で、藤井棋聖はこのAIによって判明した新しい将棋(これをここでは「AI将棋」と呼ぶことにする)を駆使しているので普通では考えられないような手がバンバン出てくる。
①王は囲わない
今まで王をガッチリ守ってから戦う、というのが正しいと思われていたが、AIに言わせると「そんなの簡単に崩せるけど?」みたいな感じ。人の目には王がガッチリ守られてると攻めるのが難しいと感じるが(穴熊とか)、AI的には大したことないのだ。むしろ囲いすぎて逃げ場をなくしてるので、より詰めやすい状況になってしまっている。
つまり雑に言えば、AI的には「囲い=弱い」なのだ。(ざっくりの話ね)
例えば、藤井棋聖の自陣は大抵王を囲っていない。またガッチリガードした相手の防御布陣も、良くわからないうちにスルスルと攻略してしまう。「囲い」の評価が違うのだ。藤井棋聖と、その他の人で。
②飛車を切るのが早い
ビックリするぐらい飛車を簡単に切り捨てる。本当にびっくりする。飛車を「後ろに戻れる香車」ぐらいにしか考えていない。その思考が恐ろしい。普通飛車とは「取られたら死ぬ」ぐらいの超重要な駒なのだが、ある条件が満たされれば「銀や金と交換しても良い」と藤井棋聖は判断している傾向がある。
この判断はまだ人間には難しく、AI将棋ならでは。今のところこれを実践できるのは藤井棋聖だけなので異質に映るが、ゆくゆくAI将棋が浸透していけば普通になるのだろう。(つまりそれまでは藤井棋聖に誰も勝てない、ということになってしまうが)
例えば、王位戦第四局の封じ手で藤井:飛車と木村:銀を交換したのがありえないと話題になったが、それを言うなら棋聖戦第一局は飛車角両方とも切って勝ったし、王位戦第三局は飛車と桂馬を交換したんだぞ?こっちの方が「ありえない」だろう。
③王を取ることを最優先する
当たり前のことなんだけど、案外これを実行できる棋士は少ない。将棋は詰めを一手間違えるだけで逆転負けしてしまうほどの危ういゲームなので基本的にはみな慎重に攻める。詰め途中でミスが出ることも計算してリスクヘッジしながら攻めていくのだが、藤井将棋は本当に最短手で王を取りに行こうとする。ミスの保険をかけていないというか、自分はミスしない、という前提で打っている(ちゃんと読み切ってるからこそ、できる芸当だと思うけどね)
薄氷を踏むような攻め方をするので視聴者は「それで詰めれるの!?」とハラハラするのだが、ほぼミスをしないので攻めが継続してゆき、逆に対局相手のミスが出始めるので、気づいたら大差になっていた、というケースが多い。
棋聖戦と王位戦を例にすると、全8試合の中で藤井棋聖から先に攻めたのは6回(しかも全勝)その内訳も先手3回後手3回と、先後関係なく先に仕掛けることができている。他の棋士がじっくり攻めようと布陣準備しているところに、藤井棋聖は大将首狙いで真一文字に最短距離を切り込んでいくわけだ。ここのスピード感が他の棋士と決定的に異なる。圧倒的に速い。
つまりAI将棋とは、「最短手で王を取ることに特化した戦術」と言える。ミスしたらダメージは大きいが、逆を言えばミスしなければ勝てる、ぐらいの強み(速さ)がある。既存の「王を囲ってじっくり攻める~」という戦い方では、スピードで追いつけないのだ。
今まで将棋は「守りながら攻める」が最強だと思われていたが、AIの解析によって「ノーガードでガン攻めした方が強い」に書き換えられた。AIが新理論を出し、藤井棋聖はそれを使って今までの将棋を駆逐しているのだ。
このAIによる将棋の常識の変化は、将棋に限らず、とてつもない革命だと思う。AIが既存(人間の限界)をぶち壊し、さらなる高みへと進化させている。まさにAI革命と言える。今まで理論はあったけど、それを現実世界で実践できる人間がいなかった。藤井棋聖はその1人目なのでものすごい異質に映るが、今後はこれが普通になっていくのだろう。
そういう意味では、我々は今凄い瞬間というか変遷期というか、過渡期にいるのだと思う。これから藤井棋聖の後輩たちは当たり前のようにAI将棋を打つようになり、そのAI将棋が蔓延ると、それのさらなる対策案が出てきてさらに進化していくことだろう。100年以上前から続いている将棋がまだまだ進化していく、ということに驚きもするし、AIが人間の限界を突破させていく、というのも見ていて楽しい。
ゆくゆくはサッカーやアメフトとか、今の時点ではAIと結びつかなさそうなものも、いずれAIによって革命がおき、新理論が生まれ、さらに進化していくようになるのだろう。
例えばサッカーで、とあるチームの10試合分をAIに読み込ませたら、5種類の攻撃パターンがあり、対策はコレとコレをすれば完封できる、みたいなことまでわかってしまうようになる、みたいにね。
なので本件はただ単に「藤井君スゲェ!」ということだけに留まらず、AIによって既存・常識・限界が破壊された最初の一例、という歴史的な瞬間だと俺は勝手に一人で盛り上がっている。
(本当に最初かは知らんけどね。過去にあったかもだけど、これほどインパクトがあったものは俺にとっちゃ初めてだった。運要素のない完全アブストラクトでの実践と成功だからね)
ここまで読むと「おまえは藤井が好きなのかAIが好きなのかどっちやねん?」って思うかもしれない。どちらかと言えば、AIに関わる話のほうが興奮してるかな。「AIが人を進化させた」というのが一番俺にぶっ刺さってる。俺、将棋クラスタではないしね。
長々書いたけど、まとめると、藤井君パネェ!ってのと、これからの将棋どうなっちゃうんだ~(トムブラウン風)ってこと。
ひどい〆で終わる